<前編>安室 透のおかげで僕もまだ成長できる。レジェンド声優・古谷 徹の飽くなき情熱

「古谷 徹です。よろしくお願いします」――。インタビュー直前、少し緊張している編集部員ひとりひとりに名刺を渡し、挨拶をする。ひとりが立っていることに気づくと「隣が空いてるから座るといいよ」と促し、どんな質問にもフランクに答えていく。「レジェンドの生き様を伝えたい」という思いから、歴史ある指定文化財で行われた取材は、そのおだやかで自然体な人柄のおかげで、終始和やかに進められた。

さまざまなヒーローを演じ続け、今年で声優人生52年。代表作は数知れず、時代を創り出したアニメにはいつも古谷 徹の名前がある。そんな彼でも「こんな現象は初めて」と驚いたのが『名探偵コナン』の安室 透だ。3つの顔を持ち、正義を貫くために暗躍するダークヒーロー。熟練の技を持つ彼にしかできない唯一無二のキャラクターである。安室への思いを紐解くうちに見えてきたのは、人生のすべてを役者業へとささげる古谷の情熱だった。

撮影/アライテツヤ 取材・文/小松良介
スタイリング/安部賢輝 ヘアメイク/氏川千尋

ファン層にも大きな変化が。『ゼロの執行人』の影響

2018年上半期、邦画ランキング1位に輝いた劇場版『名探偵コナン ゼロの執行人』。興行収入はシリーズ最高の86億3000万円(7月22日時点)。その原動力になったのが安室 透だろう。クライマックスで飛び出したあの殺し文句は観客すべてを「安室の女」へと変え、何度も劇場に足を運び「執行される」人たちが続出。「このセリフで決めなきゃ絶対ダメだ」と挑んだ古谷の熱演が、見事にクリーンヒットした。
4月13日に公開された劇場版『名探偵コナン ゼロの執行人』は、SNS上で“#安室を100億の男にする会”といったハッシュタグが生まれるなど、大きな話題となりました。
みなさんが何度も映画館に足を運んでくださって、おかげさまでヒットすることができましたね。
安室 透の大ブレイクについて実感はありますか?
やっぱりTwitterをやってると、とくに女性のフォロワーの方々がとても増えたかな、という印象はあります。おととしにやった『純黒の悪夢』も反響が大きくて、フォロワー数が2万人くらい増えたんですけど、今回はもっと多くて4万人くらい増えました。

取材やイベントのオファーもたくさんありましたし、声優生活を50年以上やってますが、こんな現象は初めてですよ。
数々のヒット作の主人公を演じてこられた古谷さんでも、初めての体験なんですか?
僕はどちらかというと熱血主人公をやらせてもらっていましたから、子どもや男性の方々に人気はあったんですけど、女性に支持されるという体験はなかなかなかったんです。

星 飛雄馬より花形 満(『巨人の星』)、アムロ・レイよりもシャア・アズナブル(『機動戦士ガンダム』)、 ペガサス星矢よりもドラゴン紫龍やキグナス氷河(『聖闘士星矢』)。やっぱり、主人公よりもクールなイケメンキャラクターのほうが女性からの人気は高かったんですよ。

ファンミーティングのようなイベントに出ても、今までは男女比が半々くらいの印象だったかな。最近では8割以上が女性になっているような気がします。それだけ今回の映画の影響が大きかったのかなと思いますね。
『ゼロの執行人』では、クライマックスでのコナンの質問に対する“あの答え”が話題になりましたね。「キュンとさせるならここだ」と、かなり力を入れられたとか。
台本を読んだ段階から「しめた!」って思いました。「このセリフで決めなきゃ絶対ダメだ」と感じていたので、一番気を使ったセリフです。ただ、それだけ自分にとってプレッシャーだったので、どういう言い方をしようかなと迷っていたんです。

もちろん家でも声を出してしゃべってみたり、台本に書いてある動きを実際にシミュレーションしたりして練習しました。(車の)ハンドルを握ってギアを掴んで隣の子どもに言うわけですから、さりげない感じで、力を込めるセリフではないなと思っていて。

ところが、実際にアフレコのリハーサルで、江戸川コナン役の高山みなみさんと会話しながら出てきたセリフは、自分が思っていたよりも強かったんです。(ビルから車でダイブするシーンなので)「これが最期かもしれないな」という思いが、ふっと無意識のうちに湧き上がってきたんだと思います。
そのまま収録OKだったんですか?
いえ、もちろん本番もやりました。でも、最初に自然に出たセリフのほうが絶対にいいので、本番が終わったあとにスタッフに「リハーサルのほうを使ってください」ってお願いしたんです。
安室 透というキャラクターについてもお聞かせください。初めて原作に安室が登場したとき、「ついに来たか」と思われたそうですね。
そうですね。『名探偵コナン』は昔から娘が大好きで、映画も毎年一緒に観に行ってたんですよ。2006年には『探偵たちの鎮魂歌』で、伊東末彦という容疑者役で出させていただいて、娘にも自慢することができました。

一方で、池田秀一さんが演じる赤井秀一というキャラクターがいて、青山剛昌先生が大の『ガンダム』ファンだとお聞きしていたので、「いずれお声がかかるかも」と思ってたんです。そしたら2012年に安室 透が登場して、僕をご指名いただいたものですから「ついに来たか」って(笑)。超イケメンじゃないですか。これはすごく嬉しかったですね。
肌や髪の色も、安室と古谷さんは似ていますよね。
僕はずっと前からアウトドアスポーツが好きなものですから、日焼けで1年中肌が黒いんですよ(笑)。夏はウィンドサーフィン、テニス…。ゴルフはまだ7年目ですね。冬にはスキーやスノーボードもやっています。
そうなんですね。安室を演じることになって、娘さんも相当喜んでくれたのでは?
もちろん喜んでくれました。ただ、彼女が一番好きなのは怪盗キッドなんですよね。
これは……悔しいですね。
悔しいです(笑)。

安室がすべてを知る瞬間――怖くもあり楽しみでもある

最初に安室を演じるとき、すでに“裏の顔(バーボン)”があることはご存知だったんですよね。
爽やかな青年探偵として毛利小五郎のところに弟子入りするんですけど、その時点でスタッフから「裏がある」ということを聞いていました。「じゃあ悪い奴なのかな」と思って、あえて明るく爽やかに演じて、あとで正体がわかったときに落差を付けられるように意識してましたね。
そうしたら、さらに3つ目の顔(降谷 零)も出てきました。
そうなんですよ。原作を読んでいて「えっ!?」ってビックリしました。
安室 透、バーボン、降谷 零と、3つの顔を演じ分けるのにはどういう難しさがあるのでしょうか?
たとえば安室 透として喫茶ポアロにいたとしても、自分の正体を知っているコナン君に対しては、「安室 透のふりをしているが、じつは降谷 零として話している」場合があるんです。そういう情報は台本には書いていないですから、自分でト書きや前後の会話などをチェックして読み取らないといけません。そういう部分は難しいかもしれませんね。

ただ、僕の中では3つの顔を演じている気持ちになれるので、すごく楽しいキャラクタ―だと思っています。言ってみれば降谷 零が、安室 透とバーボンを演じているわけですよね。そしてその降谷 零を僕が演じているという、この何重もの構図がとっても面白いじゃないですか。
©青山剛昌/小学館・読売テレビ・TMS 1996
『名探偵コナン』毎週土曜よる6時〜 放送中!!(※ 一部地域を除く)
古谷さんから見て、安室 透のどんなところがカッコいいと思いますか?
純粋にこの国が好きで、とても正義感が強くて、使命感を持っている。過去に警察学校時代の同期たちが悪の犠牲になっていて、ちょっとオーバーかもしれないけど、その思いをひとりで背負っているような。そういったポリシーを持った生き方がカッコいいのかなと思いますね。
テレビシリーズは第866〜867話の『裏切りのステージ』で、黒ずくめの組織に一緒に潜入していた警察学校時代の仲間、スコッチの死の真相が明らかになりました。
安室はずっと「赤井ほどの男なら逃がすことができたはずなのに、なぜスコッチを死なせてしまったのか」と憎み続けてきたけど、じつは違っていた。ある意味で自分のせいだったんですよね。じつは、赤井がめっちゃいい男なんですから、これがまた……(苦笑)。
いつか安室がすべてを知ったときの衝撃というか、動揺をどうやって表現すればいいのか。赤井を許せる日が来るのか。今後、自分の演技が試される重要なポイントでもあるので、怖くもあり楽しみでもあります。
安室は29歳ですが、トリプルフェイスをもつ彼を演じられるのは、やっぱり豊富な経験を持つ古谷さんだからこそだと思うんです。
よくぞこのキャラクターを作ってくれました、と先生には心から感謝しています。学生のころから『ガンダム』にハマっていらして、僕らのお芝居の仕方や声の出し方、その後の他の作品などもご存知で、いろいろと踏まえたうえで安室を作ってくださったらしいです。

僕の声をイメージしていただきながら描いていらしたのなら、自分に合わないわけがないと思いますし、それで結果が出せているのなら、本当に幸せなことですね。
今まで積み重ねた経験や技術を惜しみなく注げるという意味では、安室 透のようにさまざまな顔を持つキャラクターは役者冥利に尽きるのでは?
そうですね。熱血ヒーローだけではない、いろいろな表現を要求されるキャラクターは演じるうえでも楽しいですし、自分自身への挑戦でもあります。そのおかげで、成長していけるんじゃないかなって思うんです。
すでに“レジェンド声優”と呼ばれる存在だと思うのですが、さらに成長の余地があると?
もちろんです。まだまだ全然あると思いますよ。僕は25歳のとき、『機動戦士ガンダム』でアムロ・レイというキャラクターを演じました。当時は15歳の少年を無我夢中で演じていましたが、あとになって振り返ってみると、あのとき必死にアムロを演じていた古谷 徹には「勝てない」と思うんです。

インタビュー<後編>に続く

古谷 徹(ふるや・とおる)
7月31日生まれ。神奈川県出身。A型。5歳の頃から芸能界に入り、1966年に『海賊王子』(キッド)でアニメ声優デビュー。主な出演作に『巨人の星』(星 飛雄馬)、『機動戦士ガンダム』(アムロ・レイ)、『聖闘士星矢』(ペガサス星矢)、『ドラゴンボール』(ヤムチャ)、『美少女戦士セーラームーン』(タキシード仮面)など多数。2012年からは『名探偵コナン』シリーズに安室 透役で出演し、2018年4月に公開された劇場版『名探偵コナン ゼロの執行人』は大ヒットを記録した。
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